建築を旅してplus

札幌市 編 ①

旧たくん家

 千歳方面から国道36号線を月寒方面に向い、月寒中央通り7を左折して、「アンパン道路」という通りを300mほど直進すると、左手に倉本龍彦の「旧たくん家」が見えてきます。

 「たくん家=たくんち」とは子息の名にちなんで名づけられたといいます。 

 私にとっては、かって、建築雑誌でよく見かけた、あこがれの建築ですが、建築を知らない人から見ても、ずいぶんとインパクトが感じられるはずです。 

 一見して、木造3階建ての手づくり的色彩の強い山荘のような建物が、忽然と都市の中に現れたような不思議な感覚になります。 

 ディテールを見ると、デザイン化された下見板張り押し縁が、外壁にアクセントを与えていたり、内部には手作り感のある装飾が施されるなど、新しい発見があり、楽しめます。 

 倉本龍彦の自宅・アトリエとして、1972年(昭和47年)に建てられ、1983年(昭和58年)に事務所に改築後、喫茶店に転用されています。

 鉄筋コンクリート造3階建の建物で、原型は外壁打ち放しに白く塗装をし、陸屋根であったといいますが、現在は外断熱の下見板張りと切り妻屋根が特徴的なカフェとなっています。

 また、「札幌市都市景観賞」や「とよひらふるさと再発見」にも選定されています。 

 

 なお、「アンパン道路」とは、道路づくりに従事した兵士の労をねぎらうために、間食として、月寒アンパンが配られたことから、そのように呼ばれるようになったといいます。

 外観を見ますと、この建物の縦長の外壁と切妻屋根のプロポーションは見事です。

 卓越したバランス感覚ですね。 

 そういえば、設計図がポンピドウーセンターに永久保存されることになった倉本龍彦の代表作:ニセコの「ばあちゃん家」も脱構築主義(デコンストラクション)のさきがけのようなバランス美による作品です。 

 倉本龍彦の作品からは、これら一連の外壁下見板張りの作品のみならず、旭川「沙羅茶館」のような素焼セラミックブロックの作品からも、北海道らしさへのこだわりを強く感じます。

 造形美の希求だけではなく、デザインとコンセプトが相俟った洗練された建築なんですね。

  

竣工 - 1972年(昭和47年) 

構造・規模 - 鉄筋コンクリート造3階建

所在地 - 札幌市豊平区月寒西1条7丁目1-1

設計者 - 倉本龍彦 

受賞歴・指定等 - 札幌市都市景観賞、とよひらふるさと再発見

札幌市 編 ②

札幌聖ミカエル教会

 北海道にアントニン・レーモンド(1888年~1976年)の作品があるということは、学生時代から知ってはいましたが、訪れる機会がなく、今日まで、まぼろしの建築でした。 

 地下鉄南北線の北18条を下車して、北東方面に15分ほど歩くと、想像していたよりも、はるかに小さなかわいい建物が見えてきます。 

 札幌聖ミカエル教会は1960年(昭和35年)にアントニン・レーモンドが72歳の時に設計した煉瓦造一部木造平屋建の作品です。

 途中で勾配が変化している大屋根に、低く抑えられた軒高、煉瓦積みの壁、構造を安定させる三角形のバットレス、そして、内部には軽井沢の聖パウロカトリック教会同様に、太い丸太(道産トド松)を露出させた小屋組が特徴となっており、力強さばかりか、温もりや優しさを感じさせてくれる仕掛けになっています。

 化粧積みの煉瓦も含め、ほとんどが北海道産の素材にこだわっています。

 何よりも特徴となっているのは、ガラスのデザインです。一見、ステンドガラスのようにも見えますが、円や方形の幾何学模様の和紙がガラスに貼られており、とても、柔らかい表情を演出しています。

 このアイデアはグラフィックデザイナーのノエミ・レーモンド夫人によるものだとか。

 

 アントニン・レーモンドはチェコのプラハ工科大学に学び、フランク・ロイド・ライト事務所に入所後、1919年(大正8年)、31歳の時に帝国ホテル設計施工のフランク・ロイド・ライトの助手として来日。  

 1922年(大正11年)に独立し、レーモンド事務所を開設。前川國男、吉村順三など、日本を代表する建築家を育ててきました。 

 田上義也も帝国ホテル建設事務所に入所した折に、レーモンドから、手ほどきを受けたといます。また、リーダーズダイジェスト東京支社や南山大学では日本建築学会賞作品賞を受けています。

 さらに、打放しコンクリートデザインのさきがけであり、日本のモダニズム建築を牽引した人物といわれています。

 

竣工 - 1960年(昭和35年) 

構造・規模 - 煉瓦造一部木造平屋建て 253㎡ 

所在地 - 札幌市東区北19条東3丁目

設計者 - アントニン・レーモンド

受賞歴・指定等 - 札幌景観資産

札幌市 編 ③

エドウィン・ダン記念館

アメリカの獣医師:エドウィン・ダンは、開拓使顧問であったケプロンからの要請を受け、1873年(明治6年)にお雇い外国人として日本にやってきました。 

 その後、1876年(明治9年)には来札、真駒内に牧牛場を開き、さらに、札幌農学校の整備・教育にも携わったことから、「北海道酪農の父」と呼ばれています。 

 

 この建物は北海道開拓使の「牧牛場の事務所」として建てられたものですが、現在、エドウィン・ダンの業績を偲ぶ記念館として、公開されています。  

 私が訪れたときには本州からも多くの見学客が訪れるなど、賑わいを見せていました。 

 かっては老朽化が著しく、解体の話が幾度となく浮上したといいますが、地域住民の熱心な運動によって保存されてきました。 

 その努力が実り、国の登録有形文化財や近代化産業遺産、札幌市都市景観賞など、数多くの受賞・指定がなされるなど、文化的価値が評価されるに至っています。

 

 さて、建物に目を向けてみましょう。 

 正面に立つと、左右対象に見えますが、実はL型平面で、外壁は薄いピンク色に塗られた下見板張り、白い柱や蛇腹で全体が整えられています。

 両サイドにあるベランダやアーチ、出窓、屋根窓がアクセントとなった寄棟屋根の洋風建築ですが、曳方移転で旧態のまま移築したものです。

 記念館内部には、実に基づき描かれた一木万寿三画の絵画23点とダンゆかりの遺品、さらに往事の写真が陳列されています。

 なお、ダンは日本人女性と国際結婚し、1931年(昭和6年)代々木の自宅で83歳の生涯を終えています。

 

竣工 - 1887年(明治20年)※移設は1963年(昭和38年)

構造・規模 - 木造平屋建 231㎡

所在地 - 札幌市真駒内泉町1丁目6-1                            設計者 - 農商務商北海道事業管理局 (一部資料では北海道庁設計ともある)

受賞歴・指定等 - 国の登録有形文化財に登録(2000年)、近代化産業遺産(2007年)札幌市都市景観賞(2007年)、さっぽろ・ふるさと文化百選

その他 - 旧名称:北海道庁真駒内種畜場事務所

 

札幌市 編 ④

旧小熊邸

 北海道を代表する建築家:田上義也の作品については、今までにも網走市立郷土博物館や函館の旧佐田邸、さらに支笏湖ユースホステルと紹介してきましたが、代表作といえば、何といっても、この旧小熊邸ということになるのではないでしょうか?

 この建物のオリジナルは北海道帝国大学農学部小熊捍(まもる)教授の自邸として、昭和2(1927)年に建設されたものです。

 その後、北海道銀行の所有になるなどの変遷を経、解体・撤去が検討されることとなりますが、市民などによる保存運動が沸き起こり、平成10(1998)年には円山から藻岩山のふもとへ移転保存となりました。

 私自身は完全保存へのこだわりがありませんので、素晴らしいロケーションへの移転先だったのではないかと感じています。

 田上義也については、今までにも述べてきたように、近代建築の三大巨匠の一人であるフランク・ロイド・ライトの弟子であり、英語の通訳、さらに、バイオリン演奏家にして、札幌新交響楽団の創立者といった経歴を持つ多岐多才です。詳細なエピソードについては、他作品のコメントを参考にしてください。

 

 さて、建物を見てみましょう。大きく張り出された軒のデザイン、幾何学模様で不規則な窓の障子割り、外壁の横羽目板や羽目板を押さえる目板や横羽目板と上の漆喰との見切りにより強調された水平ラインなど、独特な外観を持つ洋風建築です。ライト建築のモチーフ満載ですね。今後とも、末永く保存活用していただきたい名建築です。

 

旧所在地─札幌市中央区南1条西20丁目1-19

所在地─札幌市中央区伏見5丁目1875-33の内

建築年─昭和2年(1927)

解体年─平成10年(1998)

移転年─平成10年(1998)

構造─木造2階建

設計者─田上義也

施工者─篠原要次郎

指定等─さっぽろ・ふるさと文化100選、札幌景観資産

札幌市 編 ⑤

旧北海道立文書館別館 ─ 北菓楼札幌本館

 この建物は摂政宮(後の昭和天皇)行啓記念事業により、北海道庁立図書館として1926年(大正15年)に開館しています。その後、北海道立美術館(三岸好太郎美術館)、北海道立文書館別館として活用されてきました。

 さらに、2016年(平成28年)ファサードを保存し、北菓楼札幌本館として、リフォームされています。その基本方針は竣工当時の景観を最大限、保存・修復することだったそうです。

 建設されてから100年近くになるため、大規模な改修だったようですが、昔から、この建物を見てきた私にとっても、違和感がありません。見事な出来映えですよね。

 

 建物を詳しく調べてみましょう。まずは外観です。全体としては幾何学的模様をベースにしたセセッション様式で、角地に建つ建物の定番でしょうか、隅角部が角形の塔になっています。

 さらに、縦溝が付き、2階まで延びたジャイアント・オーダーの半円付け柱などが重厚なイメージを演出しています。

 内観です。内壁はコンクリート打放しと煉瓦による、安藤忠雄の世界になっていますが、天井は白いヴォールトのまるで雲が浮かんでいるような軽快な表現になっています。

 壁と天井の対比が心地いいですね。訪れる方々には、空間も味わってほしいものです。

 

新築時

建築 – 1926年(大正15年)

構造・規模 - 鉄筋コンクリート造・煉瓦造2階建地下1階

設計者- 北海道庁建築課             

所在地 –札幌市中央区北1条西5丁目1-2

受賞歴・指定等 -さっぽろ・ふるさと文化百選

改修時

建築 –2016年(平成28年)

設計者- ㈱竹中工務店、安藤忠雄建築研究所、㈲西島設計            

受賞歴・指定等 -第27回BELCA賞